TRAPS AND
ワコウ・ワークス・オブ・アートではこの春、ドイツのアーティスト、アンドレアス・スロミンスキーによる個展「TRAPS AND」を開催いたします。
当画廊では2017年以来8年ぶり、4回目の開催となる今回の個展では、商業用のガレージドアを素材とした新作を中心にご紹介します。ギャラリーの展示室という普段ガレージドアを目にする場所とはまったく異質の空間に設置された「ドアの形状をした何かのようなドア」の姿は、まるで不条理演劇における舞台装置のように、鑑賞者の思考に行き場のない揺らぎを生じさせます。
これらのドアは開ける、閉めるといった機能を外され、実用性を失っており、空間を行き来するための道具から動かない鑑賞物に転じています。そして本来は住宅や倉庫や工場などにあるはずのそれらがギャラリーの展示室というまったく異質の制度的、象徴的な空間に持ち込まれることで文脈の解体がおこなわれています。また、ガレージドアに最優先されるのは機能性であり、デザインや「意味」を担うことは殆ど無いにもかかわらず、ここでは「内容」を読み取られるべき対象となっています。こうして機能、文脈、内容がすべて本来の形から反転、変換された無機質な構造物が、鑑賞者の思考をとらえる「罠」として機能します。
また、ガレージドアの金属部品のみで組まれた作品も展示いたします。バネとレールというガレージドアの機能的エッセンスを抽出したかのような細長い形状はスロミンスキー作品に特徴的なある種のユーモアを携えつつ、平面的なドアの形状と明確な対比を生み出しています。
さらに、ガレージドアとは形式もスケールも異なる作品《Milk Can》(2016)が本展には含まれます。金属と木で構成された小さな容器は、第二次世界大戦中のワルシャワ・ゲットーにおける生活や迫害の実態を密かに集め、記録し、後世に伝えることを目的とした「Oneg Shabbat」を想起させるものです(Oneg Shabbat Archive参照)。大戦後の捜索により記録文書が大量に封入されたミルク缶が地下から発見されています。今展において重要な役割を果たす《Milk Can》が言及する歴史への視点を踏まえた上であらためて全体の展示をご覧いただければ幸いです。
見慣れた形状や構造を用いながら意味や役割についての再考を促すスロミンスキーの作品は、美術が何を「見るべきもの」としてきたかを改めて問いかけます。この機会にぜひご高覧ください。
アンドレアス・スロミンスキー
1959年ドイツ・メッペン生まれ。1986年にハンブルク美術大学を卒業し、現在ベルリンとハンブルクを拠点に活動。2004年からハンブルク美術大学で教鞭を執る。80年代後半から日用品を模した彫刻作品や謎めいたギミックを伴うパフォーマンスの発表を続け、哲学的な問いかけと不条理な感覚が共存する作品を制作している。歴史と日常にありふれた主題を扱うスロミンスキーの作品は、一見レディメイドやダダイズムとの単純な関係を想起させる。しかし慎重に選ばれたモチーフは謎掛けや隠喩に富み、意味を見出す/奪うという単純な二項の駆け引きだけでは解決できない側面に光をあてている。これまで個展が開催された主な美術館には、ハンブルク現代美術館、フランクフルト現代美術館(MMK)、ドイツ・グッゲンハイム美術館、クンストハレ・チューリッヒ、ボネファンテン美術館、プラハ財団美術館などが挙げられる。1997年ミュンスター彫刻プロジェクト、2001年第1回横浜トリエンナーレ、2003年第50回ベネチア・ビエンナーレなど、国際展にも数多く参加。