スリ Suri
アーティストレセプション
2月10日(金)17:00 – 19:00
この度、ワコウ・ワークス・オブ・アートでは、2023年2月10日(金)から4月1日(土)まで、オランダの映像・映画作家フィオナ・タン(Fiona Tan)による9度目の個展『スリSuri』を開催いたします。
コロナ禍による延期を経て開催する本展では、2019年制作の《Archive》、そして2020年制作の《Pickpockets》シリーズから3点、合計4点の日本初公開の映像作品を展示いたします。また、合わせて展示する2022年制作の写真作品《Technicolor Dreaming》は世界初公開となります。
フィオナ・タンは、市井の人々が残した写真(ファウンド・フォト)を収集してそれらを精巧に再構築し、時間的・空間的な操作を取り入れた映像や写真作品で知られています。断片的な静止イメージの連なりが映像となるタンの作品においては、写真と映像の区別が曖昧となって私たちの時間そのものの捉え方に新たな視点がもたらされます。本展で展示されるそれぞれのシリーズにおいても「時間」は重要な鍵となっています。
《Archive》(2019)は、情報学の父ポール・オトレが取り組んでいた広壮なアーカイブ計画「ムンダネウム」をモチーフにした4Kデジタル映像作品です。オトレが残した資料を丹念にリサーチしたタンはそのユートピア的ともいえる未完の構想を独自に解釈して架空のアーカイブ建築を考案し、専門家の協力を得て精密な3D映像として現代に蘇らせました。
オトレによるユートピア的な計画は、人類の知識すべてを1箇所に集積させてその情報を階層や空間の区分けによりアーカイブ化し、生活の中で”視覚的思考”を体系化させようとしたものでした。こうしたオトレの構想に具体的な形を与えるべく、タンは円形の間取り図を描き、それをもとに実寸大で巨大建築のCG映像を作成し、映像作品として発表しました。今日では紙のgoogleとも呼ばれるムンダネウムはインターネット空間の先駆けともいえるマイルストーン的な存在であり、この計画の一部は現在もベルギーの資料館に保管されています。映像に登場する特徴的なキャビネットはその資料館に現存するもので、中には膨大なインデックスカードが納められています。2つの大戦下を生きたオトレは平和活動への功績でも知られ、人類の知恵を集積させてすべての人がアクセス可能なものとすることが、平和をもたらして理想郷への手がかりになるとも考えていました。オトレの生きた20世紀初頭は、世界は有限であり、そのすべてを知ることが人間の進歩に繋がると信じられていた時代でもあります。
写真作品の《Shadow Archive》(2019)は、コンピュータ・グラフィックによる《Archive》の架空の建築空間をあえて19世紀の現像技法・フォトグラビュールで写真作品化したシリーズです。古い技法と最新の3Dモデルのイメージが同居する本作は時間の概念をかき乱し、空想と現実の境界線に揺さぶりをかけることで新たな鑑賞体験をもたらします。
《Pickpockets》(2020)は1889年のパリ万博で逮捕されたスリの記録写真をもとに制作された、マルチチャンネルのビデオ・インスタレーションです。実在したスリ犯のポートレートの静止画像に、ボイスオーバーとしてタンが脚本家たちとともに生み出した架空の独白が語られていきます。ロサンゼルスのゲッティ研究所での滞在制作中にこの資料と出会ったタンは、逮捕されたスリ犯たちそれぞれのまなざしやその知られざる人生に思いを馳せ、一人一人に物語を付与しました。
このシリーズについてタンは「スリ犯たちの顔と声を盗んだ」と語っています。アーカイブ化された古いポートレイト写真に巧妙に重ね合わされた想像上の言葉がリアリティをもって鑑賞者に迫ります。本シリーズは現在までに9作品が制作されており、スリ犯たちはそれぞれの出自に合わせ、英語・フランス語・ドイツ語・スコットランド語など多様な言語で物語を語っています。本展ではそのうちの3点を展示いたします。
世界初公開となる《Technicolor Dreaming》(2022)は白黒で現像されるフォトグラビュールの上から銅版画でほのかな着彩を施した写真作品です。アムステルダムのEYE映画博物館が所蔵するオランダの民族史的なフッテージから構築した映像に、タンが学生時代に父親からもらった手紙をボイスオーバーで重ねた映像作品《Footsteps》(2022)に関連して制作されました。初期の映画製作者達の色へのこだわりを着想源としたこの作品では、技術的な完成度という概念が捨て去られ、タンの直感的な操作によって色が着けられています。
フィオナ・タン
1966年インドネシア・プカンバル生まれ、オランダ在住。アムステルダムのヘリット・リートフェルト・アカデミーを1992年に卒業後、96年から97年にかけてオランダ国営アーティストインレジデンスに滞在。丹念なリサーチに基づくヴィジュアルアートや映画を中心に制作し、映像作品を介して時間や記憶や歴史の紡ぐ先を探求している。ベネチアビエンナーレのオランダ館代表展示など、毎年数多くの展覧会が各国で開催されている。日本での主な個展は、金沢21世紀美術館(石川、2013年)、東京都写真美術館(2014年)、国立国際美術館(大阪、2014年)、IZU PHOTO MUSEUM(静岡、2016年)。