私だったかもしれない
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この度ワコウ・ワークス・オブ・アートでは2023年10月7日(土)から11月11日(土)の間、スイスの作家ミリアム・カーン Miriam Cahn による個展『könnteichsein 私だったかもしれない』を開催いたします。弊画廊では2年ぶり6回目の個展となる本展覧会では、世界のかたちが大きく変わった2019年から2022年に描かれた新作を中心に、世界初公開の作品を含む全30点の絵画作品を展示いたします。
今年74歳になるカーンは、EUで反核運動や第二波フェミニズムが台頭していた1970年代にパフォーマンスアートから作家活動を開始し、20から21世紀にかけての目まぐるしい時代を見つめてきた芸術家です。カーンは1994年からは現在の作品の主軸となっている油彩画を始め、主に人物像を制作しながら、自然や動植物といった普遍的なテーマと、シリアスで政治的な問題とを痛烈なまでに平等にそして鮮やかに描ききっています。
自らの可能性としての他者、という現代芸術の力学を体現するかのようなカーンの表現と豊かな造形は、国際情勢が複雑に交差するミレニアム以降の時代に大きな注目を浴びてきました。中でもその身体性豊かな人物表現は、際立った存在感を放ちます。人種やジェンダーを特定しない裸体表現や、逆に特定のポリティカルロールに強く言及した表現まで、カーンの描く人間の姿は社会の価値体系の犠牲になったすべての人々とみなすこともできます。カーンは90年代の第二次湾岸戦争やユーゴスラビアの紛争を目の当たりにしたことをきっかけに、芸術を介して戦争や難民といった謂れなき暴力に対する応答を行ってきました。
本展の新作のなかでも、現在進行形で起こっている非人道的な社会問題が不特定で無名の人間像のなかに描かれ、穏やかな花や風景の作品と同じようにわたしたちの物語の一部として展示されています。作品には、見つめる、両手をあげる、横たわる、子を抱く、といった誰もが共通して分かち合える動作が繰り返し描かれ、その人物像は私達と目線を共有できるように展示されます。こちらをまっすぐに見つめる作品は、私達を不安にさせるもの、私達が目をつむりたいものに立ち向かうための提案とも言えます。また、肖像画、風景画、歴史画、パーソナルなものと社会的なものを有機的に組み合わせて提示するカーンの展覧会は、美術史の再読を可能とし、通じてはカテゴライズされた世界そのものを考えるきっかけを私達に与えます。
カーンは「展覧会はそれ自体が作品でありそれをパフォーマンスだと考えている」と語ります。個人と世界の物語とを、まるで私達の混沌としたかたちになぞらえるように有機的なフォルムで紡ぐカーンの作品を通じて、芸術が現代社会に果たす可能性を見つめる本展覧会を、是非この機会にご高覧いただけますと幸いです。
ミリアム・カーン
1949年スイス・バーゼル生まれ、現在バーゼルとブレーガグリアを拠点に活動。路上にドローイングを描くパフォーマンスなどからアーティスト活動を開始し、80年代から水彩画などの制作を始める。90年代後半からは現在のスタイルである鮮やかな色彩と動的な筆使いを特徴とした油彩画を主軸にしながら、毎年数多くの作品を発表している。ユダヤ系のルーツをもつ自身のバックボーンから、絵画の主題には厳しい視線を持った社会問題を主に扱うが、同時に身の回りの山々や動植物などを等しく大切なものとして描き続け、一つの見え方に制限されない人間の本質を問いながら作品を描いている。