けりを付ける
(スープを飲み干す)
ワコウ・ワークス・オブ・アートではこの度、2019年9月25日(水)から11月9日(土)まで、ドイツ人作家グレゴール・シュナイダーによる4年ぶりの個展『SUPPE AUSLÖFFELN けりを付ける(スープを飲み干す)』を開催いたします。1969年にメンヒェングラートバッハ地方の都市ライトで生まれ、現在も同地域で活動を続けるシュナイダーは、閉ざされた空間への尽きない興味を契機として、大掛かりな室内の改変を制作に用い、時空の接続や断絶を想起させる数々の空間インスタレーションを発表しています。2001年に当時史上最年少としてベネチア・ビエンナーレの金獅子賞を受賞し、本年も国内で2箇所の国際展(瀬戸内国際芸術祭2019、アートプロジェクトKOBE:TRANS-)に参加するなど、ドイツを代表する現代美術作家として、毎年各国の美術展で作品を展示しています。
本個展は、ナチス・ドイツの国民啓蒙宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッペルスが実際に生まれた生家で、2014年にシュナイダーが行ったプロジェクトを、立体作品や映像作品によるインスタレーション構成で展示する試みです。同年にワルシャワのザヘンタ国立美術館とベルリンのフォルクスビューネ劇場とで『UNSUBSCRIBE』展として公開されましたが、それ以降は展示されることがなく、本個展で5年ぶりに、アジアでは初めて公開いたします。このプロジェクトは、自らの出生地の近隣にかつてゲッペルスが暮らした家があり、かつ現存している事実を知った作家が家を買取り、家財や目録を丁寧に調べ上げ、そして建物の内部を徹底的に破壊し残骸を廃棄するまでを一連の流れとします。ゲッペルスが去った後、この家屋の歴史が公になることは今までに殆どありませんでした。戦後から約75年間、ゲッペルス一族ではない人々が暮らしながら一般の家として街の中に存在し続けています。
シュナイダーの制作活動は、1980年代の半ばに家族が所有する空家を改装し始めたことからはじまりました。住居という個人的な空間、閉じた部屋、穴など、外からは伺いしれない暗闇の中に探究心を抱き、その内部で生じる変化や変化の過程自体に注目しながら制作を発展させていきます。その後、見えないものへの興味は自らの生活圏との関係にとどまらず、閉ざされた歴史観や言論、慣習や制度など、現代社会を覆う「見て窺い知れないもの」との関係性の中で展開されるようになります。題材を鋭く取捨しながら、生死の倫理を問う《死の家》(2001)や、場所と思想の介入関係に注目した《キューブ》(2005)などの作品を発表し、現代社会の背後に潜み、自らの興味をも惹き寄せ続ける「暗闇」の探究を続けています。
このような社会的な性格が強い題材に取り組みながらも、シュナイダーは常に作品の主軸を自らのクリエイションそのものとしています。本プロジェクトでも、戦争や地域性の問題を扱いながら、作家だけがもつ堅強な眼差しを持ってアプローチを試みています。芸術と社会との接点を単純な文化の正当性とだけに留めず、その創造性をもって個々人に潜む恐怖や好奇心に分け入る作品は、芸術がもつ雄弁性を体感させ、表象文化がこれから担うものを詳らかにします。現代美術と現代社会が帰依するものを問うシュナイダーの芸術を、是非この機会にご高覧ください。
※本展は作家がインスタレーション構成を行う展覧会のため、展示点数や構成が事前に予告なく変更される場合がございます。ご了承ください。
グレゴール・シュナイダー
1969年ドイツ・ライト生まれ。同地在住。12歳で制作を開始し「時間と空間は過去から未来にかけて蓄積されていく」という考えを基に、過去の記憶が残る場所を外部の時間や空間から遮断するため、自宅の室内に断熱材と鉛を用いた壁で新しい空間をつくり続けている。2001年に第49回ヴェネツィア・ビエンナーレのドイツ館代表に選出され、作品《死の家》で金獅子賞を受賞。その後、ロサンゼルス現代美術館(米)や、K21美術館、MMK、ハンブルグ現代美術館、ブンデスクンストハレ(いずれも独)などで、個展を開催。日本では2014年のヨコハマトリエンナーレで、国内で始めての大型インスタレーション作品を展示した。本年は国内で2つの国際展、「瀬戸内国際芸術祭2019」(秋会期・男木島)と「アートプロジェクトKOBE: TRANS- 」( 神戸市内)に参加する。