ワルツ
冬期休廊期間:2019年12月28日(土)〜 翌2020年1月6日(月)
ワコウ・ワークス・オブ・アートではこの度、2019年12月18日(水)から2020年1月25日(土)まで、アメリカ人作家ジョーン・ジョナスの 個展『Waltz』を開催いたします。本展は昨年12月に開催した個展『Simple Things』に続き、第34回(2018)京都賞の受賞を記念する展覧会の第2期として開催するものです。今回は制作活動の中軸にあるパフォーマンス表現からもたらされる映像表現に焦点をあて、小道具やコスチュームといったプロップが特に重要な役割を果たす2つの映像作品を展示し、ジョナスの表現する世界を紐解きます。また同時に、パフォーマンスに欠かせない要素であるドローイングからも約10点を展示いたします。
継続的に発表を続けるパフォーマンス作品や、それと関連した映像作品をドローイングや小道具と共に構成するインスタレーション展示で知られるジョナスのキャリアは、1960年代に始まります。大学で彫刻や美術史を学びながら、当時隆盛していたミニマル・アートの影響下で対象と自らの関係性についての考察を深くした作家は、身体表現をベースとした独自の制作を展開していきます。その活動初期から重点を置いていたのが、シンプルな持ち物を用いた表現でした。物品の内外にある物語を身体を介して引き出そうとする働きかけは、当時のフェミニズム運動とも相まって、それまで見過ごされていた価値観や表象のあり方を現代美術の表舞台に登場させていく大きな流れのひとつとなっていきます。また、70年代に日本で見た能の舞台からは、持道具に複数の文脈を見出すという表現方法に大きな影響を受けています。
今回展示する映像作品《Waltz ワルツ》(2003年)と《Mirror Improvisation 鏡の即興》(2004年)はいずれも起承転結の時間軸がなく、象徴的なシーンの断片をつなぎ合わせて作られた短編です。一見関連性のないカット割りや意味ありげな所作や、突然の場面転換を映像上の特徴としています。作品内には様々なプロップが登場し、演者を介してそれぞれに多義的な意味がもたらされています。この「プロップ」はジョナスがよく用いる言葉で、演劇業界の「Theatrical property (演劇用の財産)」に由来する用語です。演者が使ったり纏ったり手に触れたりする物を指すこの言葉に象徴されるように、ジョナスは物品をただの演出的な要素に用いるのではなく、それらがもつ出演者との関係性や、その関係性自体が別のストーリーを想起させることに注目しながら、作品世界を作り上げています。
《Waltz》は作家が毎夏を過ごすカナダのケープブレトンで撮影された、仮面、旗、衣装、鏡などという、他作品とも共通するモチーフが数多くが登場する作品です。元々この作品は、ロバート・アシュリーの晩年のオペラ《Celestial Excursions 天上の旅》(2003年)の劇中でジョナスが行ったパフォーマンスを発展させて制作が始められました。しかし映像内にはオペラからの直接的な転用はなされていません。この他にも重要な着想源として作家が挙げているのは、フランシス・ゴヤの《戦争の惨禍》や庭裏での映画上映の思い出、そして18世紀のフランスの野外劇場です。しかしオペラと同様に具体的な描写はなされていません。こういった需要なイメージソースが、形を変えて語られていくのもジョナス作品の特徴のひとつです。また旗や背景に用いられる大きな紙は空間の縁取りと広がりを示唆するものとして、赤と白は各地のおとぎ話に出てくる基本的な2色として、シンボリックに登場しています。作中に軽快に流れるオリジナルの弦楽曲は、同ケープブレトンの伝統音楽から着想を得て、音楽家に作曲を依頼したものです。作品のタイトルは映像の中で起こる全ての関係性にとってとても自然な言葉だったと、ジョナスは語っています。
《Mirror Improvisation》はプロップの中でも最大の役割を果たしてきた「鏡」に焦点を当てた作品です。空間を歪めて魔法の世界を作り出す鏡は、出世作となった60年代のシリーズ《Mirror Piece》に代表されるように、初期から現在まで長らくジョナス作品の中核と深く関わりあっている題材です。世界を映し出して自らの存在も自覚させ、表層そのものでありながらも虚像であるという鏡が語る物事の形は、世界同士の関わりがいかなるものであるかを私達に示します。この作品は当初《The Shape, The Scent, The Feel of Things》(2005年)のために制作が開始され、その後独立した映像作品となりました。楽曲は、ジョナスの2010年代を代表するシリーズ《Reanimation》でも共演しているジャズピアニスト、ジェイソン・モランが手掛けています。
このように、演者が接するプロップやシチュエーションを通じて作品の外に広がる私達の世界まで言及していく映像表現は、身体ひとつを駆使して広い世界と関わろうとするパフォーマンスアートの方法論と大きな共通点を持っています。時間軸を頼りにした物語性や視覚への刺激に根ざしていた、従来のヴィデオアートと大きく異なる働きかけです。ジョナスは「プロップはパフォーマンスで使われた時にはじめてオーラを持ち、全ての関係性を導いていく」と語っています。意味ありげに登場するすべてのアイテムは、別々のものごとが接点をもつことで初めて何かが現れそして始まる、という作家の眼差しを象徴するものです。複合的な場面構成や象徴的なプロップの扱いを通じて、作家独自の視覚言語が様々に同居する映像は、私達の記憶や認識がいかに変動的で多様な受け口に満ちあふれているかを示唆します。絡み合った世界の構造を語るジョナスの作品世界を、是非この機会にご高覧下さい。また12 月12日には京都ロームシアターでパフォーマンス公演が、14日からは京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで個展『Five Rooms For Kyoto: 1972–2019』が京都賞と連動して開催されます。こちらも併せて是非ご高覧下さい。
ジョーン・ジョナス
1936年NY生まれ、同地在住。60-70年代にリチャード・セラやロバート・スミッソンらと共に実験的な活動を行い、女性パフォーマー/ヴィデオ・アーティストの先駆者として知られる。表現方法は多岐に渡り、パフォーマンス中のドローイング制作、スタジオワーク、パフォーマンスを記録した映像作品、写真作品など、幅広く制作を行う。ドイツのカッセルで5年おきに開催される国際展ドクメンタに過去6回参加。近年の主な展覧会としては、2012年に現代美術センターCCA北九州で滞在制作をおこなった他、2013年PERFORMA13、2014年台北ビエンナーレ、2015年ベネチアビエンナーレ米国パビリオン代表展示、2018年テート・モダン美術館での回顧展などが挙げられる。2018年第34回(2018)京都賞を受賞した。